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相対性理論QAコーナー














QA1:物体と穴のパラドックス


[名前] :   質問
ローレンツ変換まで理解しました。
ここで質問があります。
長さLの穴の上を長さLの物体が高速で通りすぎるとき
物体は穴に落ちますか?
長さが縮むのですから、静止系(穴)からみれば、
物体は落ちますが、移動系(物体)からみれば、
穴が縮むのですから落ちません。
ここで時刻のずれが問題となるのは分かるのですが、
実際どうなるのか理解できませんでした。

この問題にローレンツ変換からの議論で
回答することができるのでしょうか?



回答

静止系に対し高速で移動している物体を考えます。その物体の移動系で測った長さをLとします。そしてその物体を静止系で測った長さをLxとします。これはローレンツ収縮した長さです。 穴は静止系にあり、静止系で測った幅をDとしましょう。

        

さて、この物体の落ちる瞬間を分析しなければなりません。 普通に考えても、落ちた物体は穴の反対側に突き刺さります。 地面に開いた穴であれば、穴の周りの土が固ければ物体はぐしゃぐしゃにつぶれるか、砕けてしまいます。

土が柔らかければめり込んですこしは突き進むでしょう。 さらに空気のようにほとんど抵抗が無い場合はしばらくそのまま進めそうです。

ご存知の通り、系間では位置が異なると時間が異なるため、ローレンツ変換で挙動を分析する上ではイベントの前後の時間も重要となります。 つまり落ちた後の分析も必要となるわけです。

そこで、いっそ思い切って土の部分を真空にしましょう。そうすると、『非常に薄い地表面のみが有り、そこに穴が開いている。 表面の軌道Uを走っていた物体が穴を通り過ぎるときに落ちなければ軌道Uをそのまま走る。 が、 落っこちると裏の軌道Dを走る』というシンプルな思考実験のモデルが出来上がります。

        



 この状況を以下の様にミンコフスキー時空で考えてみましょう。 この図ではX軸(移動方向及び長さ)と時間軸ctしか表していません。 重力により落ちる方向を表す次元はこの図に対し垂直に起きているY軸となります。

この図は静止系時刻ct=-10の状況を表しています。 静止系座標では穴幅Dは19.5であり、-19.5から0の位置に開いています。

物体の移動系での長さLは20であり移動系座標-20から0に在ります。 静止系での長さLxはβ係数=1/3の例としたため、ローレンツ収縮して約19となっています。

      



物体と穴の両端に注目して世界線をトレースしてみましょう。

以下時空図で物体の前端(L1)はもう少しで穴の向かい側(H1)の静止系座標0に到達します。 物体の後端(L0)はまだ穴の始まり位置(H0)の座標-20に到達していません。

      



以下の時空図ではさらに進んで、丁度物体の後ろ端が穴の手前H0に到達しました。前方はまだ穴の向かい側H1に到達していません。Lx=19なので、穴の幅D=19.5から計算すると0.5の距離が残っています。 つまり静止系で穴の中にすっぽりと収まっています。

それではこれより落ちる事にしましょう。 静止系で見てこの瞬間より物体の全体が軌道Uより軌道Dに遷移します。

      

単一の事象と異なり長さの有る物体が、どういう条件が整えば”落ちる”とするかは、今回のパラドックスをの検討とは別物です。 今回要求されている事を確認すると、『物体が静止系で見て穴の中にすっぽりと収まっている』条件で『落ちてほしい!』と言うこと、そして『その状態は移動系で観察すると矛盾しないか?』を検討すると言うことです。



この落ちていく状況をミンコフスキー時空上に軌道Uと軌道Dで塗り分けると以下の様になります。
      



これを移動系で観察すると、穴を通り過ぎる時に、物体の前端と後ろ端では軌道が異なっていることが分かります。 前の方から徐々に軌道Uから軌道Dに遷移していくことが理解できます。

      

そして後ろ端L0が穴のH0を通り過ぎた時点で全体が軌道Dに移ったことになります。当然その後は問題無く軌道Dを突き進んでいく事になります。

以上、穴の周りが真空で出来ている場合を例にした思考実験でした。 ローレンツ変換に矛盾が無いことを確認できたと思います。


尚、穴の周りが硬い物質で出来ていた場合の解説は今回は見送ります。今回の分析を元に読者の皆様で分析をしてみると面白いと思います。 物体が穴の側面H1にぶっつかった瞬間からL1の世界線は静止系になります。 物体固有の衝撃波の伝達速度(音の伝達速度と同じで硬ければ硬いほど早く伝わる)で後ろに静止状態が伝わって行き、最後は全体が静止系に対して静止した状態となります。 どんな挙動になるの考えるのも面白いのではないでしょうか?
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