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Copyright Maeda Yutaka

第2章 一般相対性理論の基礎


2.1 等価の原理


 相対性原理とは『どの慣性系にも区別は無い。どこかの慣性系で確認された物理的な現象はどの慣性系でも成り立たなければならない』ということです。このことは、ガリレオの相対性原理にせよアインシュタインの相対性原理にせよ任意の系同士間の一義的な変換則が存在しうることを意味します。

物理的な現象という表現ですが、結局この世の全てに当てはまります。例えば仮に「黒猫が前を横切ると悪いことが起きる」という現象が発見されたとします。そうなると、それも物理現象と言えるでしょう。 そしてその現象は特殊相対性理論では、全ての慣性系でも同様に成り立たなければならないと言うことになります。



 ところで、慣性系という言葉に対してどんなイメージをお持ちでしょうか? 真っ先に、宇宙空間をロケットエンジンを停止させ、慣性で運動をしている宇宙船の中の空間が浮かびませんか? 宇宙船は慣性で運動をしていると言いましたが、これを慣性系と呼ぶためには、直線に進んでいるの必要が有るのでしょうか? 

特殊相対性理論の説明では、さも慣性系は直線に決まっているでしょう!という雰囲気で説明してきました。しかし、何処かの恒星の近くを横切る時は、その恒星に引っ張られて曲がってしまいます。

さらに、広い範囲で銀河系の重力も働いていそうですね。そんな状態でも宇宙船の中では、相変わらず無重力状態であり、直線運動していた時との区別がつかないですね。

ロケットエンジンを使って加速していない以上、慣性運動中です。それにもかかわらず、不幸にも重力の影響で曲がって進むこの宇宙船には、慣性系と呼ばれる資格は無いのでしょうか?




 慣性系の定義だって? そんな物、真直ぐに決まってるだろう。 それと、速さも変っちゃいかん。 なんせエンジンを切って『慣性』で動いてるのだからな。 特殊相対性理論の実験でさんざん見てきた通りだ。 そうじゃやなきゃ、あのローレンツ変換なんかも算出できゃしない。 今さら何をいっているのかな?




 ところで、今どこにいるのかだって? 自家用宇宙船の中! ちょっと買い物に近くのショッピングセンター星まで。 

黒猫が何だって? 今朝、横切らなかったかだって・・・。 そ、そんなもの、いちいち覚えちゃおらん。 

自動航行装置の調子? 今まで、一度も故障なんかしたこと無いぞ。 今日も太陽系を出る時に、ロケットエンジンを使ったんだが、その時点で方向、速度を自動計算させた。 以後、ずっと慣性で航行中だ。 あと1時間もすれば、目的地に到着するはずだ。 次の実験は、買い物が終わってからにしてくれ。

途中、他の星に寄るつもりはだって? さっき言ったとおり。 目的地までは慣性航行。 道草はしない。 え?目の前の星は何だって・・・




 おお! 大変だ。 惑星が目の前にいる。 何だ、何が起きているのだ。 危ない! 早く宇宙船を反転して逆噴射だ。 えーと、えーと、 これだ。 緊急停止エンジン始動。 逆噴射。



よし、無重力から体が急に重くなった。減速し始めた証拠だ。



うむ。 この惑星の重力は地表で1G、地球と全く同じ質量の惑星だ。 この程度の重力なら、大丈夫。 余裕で衝突は回避できる。 何せ、旧式とはいえ、最高出力20Gの宇宙船だ。 あっという間に落下は止まるはずだ。




 あれ? 思ったほど減速しないな。 目の前の星がどんどん近づいて来る。 どうしたんだ? 減速しているようだが、このままだと衝突すれすれだ。 何だか地球表面と同じ1G程度にしか体に重たさが感じられない。すると1Gしか出力が出ていないのかな? 最高出力の20Gは少々きついが、2G、3Gぐらいはどうってこと無い。 どうして出力が上がらないのだ? 故障しているのか? わー、地表だ。 止まれ、とまれー!




・・・止まった! やった。 正にぴったり地表だ。 もう少しで、死ぬところだった。


 ところで、エンジンの出力が1G程度にしか上がらなかったのは、何故なんだったのかな? ・・・ン。 
       
『か・い・て・き』モード? 何だこのボタン。 何々、『加速度を1G以内に抑えて健康で快適なクルージングを約束します』だって? ・・・そういえば、以前、腰痛が少しした時に、このボタンを押したような気がするな。

そうか。自動航行はコンピュータに任せていたが、やつは地表すれすれで衝突しないと分かっていたもんだから、緊急解除しなかったのか。 おかげでこちらは最後の最後まで、どきどきひやひやだったじゃないか。


    


 ところでこの星は、今日の目的地とはちょっと方角がずれた位置にある、レジャーセンター星じゃないか? 航海ログを見てみよう。


航行ログ

ん、なんだなんだ、太陽系を出て3時間ほどしてから@の付近で大きく進路が曲がってしまっている。


原因は、『移動性中性子星の接近による重力の影響』となっているな。 しまった! 宇宙天気予報を航行前にちゃんと見るべきだった。


確かに丁度重力で曲げられているころ、計器や外は見ていなかった。 この時間は、録画した昨日のテレビドラマを見ていたんだ。 進行方向とか速度が変化しているのに、全然気が付かなかったな。




 まあ、いずれにせよ、事故にならずに済んで良かった良かった。 そうだ、せっかくレジャーセンター星に着陸したんだから、ちょっと外に出てみょう。




 わっ! いてててて。 なんだ、何で地面が下がっているんだ? おかげで転んでしまったじゃないか。




 ありゃ。 この宇宙船、まだ完全に着陸して無いぞ! 

              

地面から20cmほど手前で停止している。


 ふむ。確かに着陸命令ではなく停止命令であるからして、コンピュータにとってはこれが正しいんだろう。


しかしだ。私にとっては余りにもぎりぎり過ぎて、着陸したものと勘違いしてしまったじゃないか。フン!




 しかし今日の私はドジというか間抜けというか、ほとほと嫌になってしまった。


 まず第一番目は間抜けな事に、中性子星の出現に気が付かずに、その重力圏を横切って、進路を曲げられたまま今の今までのん気に航行していたことだ。


 第二番目はドジなことに、着陸していないのに地表だと勘違いして宇宙船から降りて転んでしまったことだ。 地表の重力1Gに対する応力だと思っていたことが、実は宇宙船の逆噴射による加速度1Gであったことに気が付かなかったことだ。

   

宇宙船は緊急逆噴射を開始して以来、ずっと1Gの加速度、つまり減速状態保っていた。着陸したかのように見えたのは、偶然にも地表すれすれで速度が0になったためで、減速状態あることには変わっていなっかた。

そうだろ?だって着陸していないんだから。 何が変わったというのだ?

この星の重力が1Gであったことで、エンジン加速による1Gとぴったり合って静止して見えたなんて。 宇宙船は確かに着陸していなかった。 だから宇宙船の中にいた私はずっと加速度による1Gを感じていたことになる。

なんと、それを、この星の重力と勘違いしてしまったんだ。 なんてドジなんだ。 どうして区別が付かなかったんだ・・・。




 ・・・そうです、確かに今朝、黒猫が私の前を横切りました。 悪いことが起きないかずっと心配だったのです。 だけどあれは地球上での迷信で、宇宙船の中やこんな遠くの宇宙の果てまでは不幸は及ばないだろうと、自分に言い聞かせて出てきました。

・・・そうだ、ひょとすると黒猫迷信は宇宙全般に適用される原理かも知れない。 これは地球上だけの迷信ではないのだ。 そうすれば、私の犯した一見ドジや間抜けも、実は運が悪かっただけのことだと説明が付くことになるかも知れない。 そもそも、この優秀な私がドジや間抜けである筈がない。 いや、あってはならない!

 だから、これからやるべきことは、『私がドジや間抜けでない』ことを証明するのではなく、『私がドジや間抜けでない』ことを基本原理として考え、この宇宙の普遍的な理論は如何に在るべきかを考えることにある!




 まず最初の問題。 航行ログ@の重力圏を横切った時、進行方向が変えられたにもかかわらず、全く気が付かなかったこと。 これを、『メイはマヌケでは無いの原理』としよう。


次に航行ログAでロケットエンジンによる逆噴射の加速度1Gを、地上に静止したことによる重力の1Gと勘ちがいして、着陸してもいない宇宙船から降りようとして転んでしまったこと。 これを、『メイはドジでは無いの原理』としよう。

私ほどの才能と鋭敏さを持ち合わせた犬が、そもそもこんなドジ・マヌケを犯すはずが無い。 これらの事は、原理的に区別がつかないのだ。 よしそれぞれの原理が正しいことを裏付ける実験をしてみよう。




 まず、地球を離れて等速直線運動をしていた区間。 これは今まで散々実験してきた静止系や移動系といったローレン変換が適用出来ると言うことで、ローレンツ系と呼ぼう。

そして中性子星の重力圏を横切っている区間、これは明らかに曲線運動なのだが、これを不幸のメイ曲線系と呼ぼう。

つまりこの2つの系は原理的に、えーとそれは『メイはマヌケでは無いの原理』から、宇宙船の中では区別不能。 そう、局所的に等価な系であると言う事になる。

そうなるとこの中では相対性原理により、ローレンツ系区間でも不幸のメイ曲線系区間でも、あらゆる原理の時計同士に変化が生じ無いことになる。 よし、前回の時計による実験を、それぞれの区間で行って見よう。




 例によって取って置きの時計群だ。 これを動かす実験をしながら、もう一度航行して見よう。 前回同様、一箇所に集めておくことにする。

 




さて、ローレンツ系区間だが変化無し。 これは当たり前か。 次はそろそろ不幸のメイ曲線系区間だ。 おお、窓の外に中性子星が見える。 景色の移り具合から、進行方向が曲げられているのが良く分かる。 さて、時計の方だが、やはりと言うか、これらの時計群には特別な変化は認められない。 

ということは、この宇宙船の中は相対性原理が成り立っていることになる。




 よし、特殊相対性理論がこの状況で成り立つかもしれない。 ローレンツ変換が有効かどうかを確認するため、この近傍で別の宇宙船をすれ違わせて見よう。 この観測領域をでの宇宙船S号、S'号内の空間を局所ローレンツ系と呼ぶことにする。




局所ローレンツ系


もちろん慣性航行で本船と同様、自由落下をさせる。 初速度が異なるから、上手くすれ違えるように自動航行装置に計算させよう。 一歩間違えると衝突しかねないから、慎重に設定しなければならない。

特殊相対性理論の実験の時と同様、本船をS号、もう一方をS'号と呼ぼう。 S'号には前回と同様、貴方に乗ってもらう。 すれ違う瞬間に双方で時計群を観測し合うことにしよう。 もちろん今回も協力願えますな。




 さあ、実験領域です! どうですか? おお! やはり貴方のS'号内の時計群は一様に遅れている。 どうでしょう、そちらから見てこちらのS号も同様に遅れていますね?

やはりそうだった。 時間はローレンツ変換で計算される通り、正確に遅れている。 このように慣性航行さえしていれば、重力の影響の無い空間でも、はたまた、重力場を自由落下している場合でも区別無く、特殊相対性理論が成立つ。つまりその近傍においてローレンツ変換が成り立つ事になる。

言い換えるとこの局所領域は、特殊相対性理論が適用できるミンコフスキー時空であると言える。




 これを整理してみると、重力場の無い空間を慣性航行しているS号、S'号の軌跡は直線であり、特殊相対性理論の慣性系の定義通りである。







ローレンツ系区間



慣性航行していて、重力場を自由落下したS号、S'号の軌跡は曲線である。これは一見、特殊相対性理論の慣性系の定義通から外れている様に思える。






不幸のメイ曲線系区間



ところが、重力場が一様であると見なせる狭い範囲の中で自由落下している系同士では、落下方向の速度成分は加速度が等いため無視できる。






重力方向に真直ぐ落下する系を基準系とすると、S系、S'系の相対的な速度は下の図の通り、横方向の速度差のみとなる。 これによりS号、S'号間で特殊相対性理論によるローレンツ変換が使えたものと考えられる。






局所ローレンツ系



 この事はこの事で重要な発見だ。 しかし自由落下するもの同士を、ある狭い領域でローレンツ変換し合っても、あまり嬉しくも無い。

やはり、広域的に宇宙全体の座標から見て、この宇宙船の中の時計がどう遅れるのかを解明しなければならない。





その為には、今まで立ち入っていなかった、重力圏内に固定した地上系座標への変換を調べる必要が有る.





(犬語訳者注1:以下、Dr.メイのたわごとに近いので、あまり真面目に聞かないことを推奨する)

 ところで何故、全宇宙にわたる広域座標かだって? もちろん黒猫迷信が宇宙全般に適応される『普遍的な物理現象』であることが証明出来されなければ、私が困ってしまうからに決まっているじゃないか!

 私は哀れな黒猫の犠牲者に過ぎないのだ。 今回のことは本当に運が悪かったけの事なのだ。

その為には、地上を基準にしようが、重力の働かない宇宙空間を基準にしようが、全ての物理法則がどのように変換されるのかを、解明しなければならないのである。

くどい様だがそれらの変換則は、私の偉大なる指導原理『メイはマヌケでは無いの原理』と、『メイはドジでは無いの原理』を基にして導出されるはずである。


(犬語訳者注1: 終わり)



 よし、宇宙固定の広域座標系を考えるために、地上からこの局所ローレンツ系をながめて見よう。 その為には真直ぐに地表に落下する局所ローレンツ系が単純で都合が良いな。

実験に際しては少々危険な様な気もするが、 そう言えばあのアインシュタイン博士も、自らの命の危険も顧みずに、ロープの切れたエレベータに乗って、実験を繰り返していたとか何かの本で読んだ様な気がするぞ。

そうだ、私も落下するエレベータで実験をして見よう!

(犬語訳者注2: アインシュタインは思考実験で落下するエレベータを引き合いに出したのであって、実際に乗った事実は無い。 危険なので真似しないように)





早速、例の時計群をエレベータに持ち込んで見よう。 自由落下するエレベータの中も、特殊相対性理論の成立つミンコフスキー時空であることになる。 特殊相対性理論で行った時と同様、最も解析の簡単な光時計を地表から観察して見よう。

前回の実験と同様進行方向、つまり落下方向に垂直に光軸が向くようにする。 簡単な話、地表に水平になるよう光時計を寝かせるという事だ。




さあ、実験開始。 エレベータのロープを外してください。

ウオッ! 無重力だ。すごいぞ! そうだ、そんなこと言ってる場合じゃない。全時計の始動!

これ等全ての時計は、無重力状態で正確に調整してある。 実験準備の間は重力下にあり精度は保証されないが、一旦無重力に戻ると、再び精度は復元される。

前回の実験で確認した通り自由落下している状態では、局所的なミンコフスキー時空となる。 この事は、宇宙船だろうとエレベータだろうと関係ない。当然時計群の中で時計同士に誤差が生じるはずは無い。 前回の宇宙船S、S'号での実験の再確認の様なもんだ。

よーし。 もう充分だ。全然問題なし。



 さて、これからが本題だ。貴方のいる地上、つまり重力場側から眺めてこれらの時計群はどう見えるかだ。 『よく分からないが、光時計の様子がへんてこに見える』ですって? どんなに変なんでしょうか? 『光りが曲がって見える。故障しているのではないのか』ですと? いや、こちらでは正確に動いてます。




 それでは、もう一度、やり直しましょう。 今度は貴方がエレベータに乗って下さい。私が地上側よりその”へんてこ”な現象を観察しましょう。

さあ、交替です。・・・いやですって? 『死にたくないから、勘弁してくれ』ですって? そう言えばこちらは、落下している真っ最中でした。 わあっ! 地面が! またしても地面が!☆!★!×!!

    ・・・



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